
最近、新聞や週刊誌で「コレステロールは高い方がよい」「女性のコレステロールは下げなくてよい」などと報道されることがあります。確かに医師の中にはそういう主張をする方がいることも事実です。しかし、この考えには科学的根拠が薄弱だと言わざるを得ません。

まず、第一に日本では「
科学的根拠に基づいた医療(EBM)」に則った大規模臨床試験(きちんとデザインされた無作為化比較試験)がこれまで行われてきませんでした。

以前新聞に報道された『J-LIT』という日本国内の臨床研究があり、これを基にしてコレステロールはある程度高い方がよい、日本のコレステロ−ル基準値は220とされてきたがもっと高めに設定した方がよい、などの意見が出ました。

しかし、この『J-LIT』はプラセボという偽薬を使った比較試験ではなく、すべてシンバスタチンというお薬を飲まれた人のデータを集めたものです。

厳密に同じコレステロ−ル値でお薬を飲まなかった人々と飲まれた人々を比べていないのですから、仮にシンバスタチンにコレステロ−ルを下げる力以外に第2の力(心筋梗塞を防ぐ力)があれば、お薬を飲んでいてまだコレステロ−ル値が少し高めでも第2の力が働いたために心筋梗塞が起こりにくかったという可能性も否定できません。(実際、この薬の仲間は最近は血管の炎症を抑えたり、動脈硬化の進展を防いだりする作用があるということが分かってきています。)

だとすると、この仲間のお薬を飲んでいない人で同じくらいコレステロールが高い人まで「高い方がよい」と結論することはできないのです。

また、このような臨床試験でよく問題になるのはあらかじめ臨床試験に参加された方の中に初期のがんの方が混じっていると、がんが進むに連れて全身状態が悪化すると栄養状態が悪くなりコレステロ−ル値が下がるため、「低いと死亡率が高くなる」(つまり高い方がよい)という誤った結論の基になってしまうことがあることです。このことは参加された方の病状を個別につぶさに検討してみなければ分かりません。

一方、海外ではどうでしょうか。海外ではこれまで日本で行われて来なかった大規模臨床試験が数多く行われ発表されています。

これら多くの臨床研究からは「コレステロールを下げることが死亡率低下につながる」ことが証明されていますし、上述したように最近ではコレステロールを下げるだけでなくお薬(スタチン系薬剤)そのものに動脈硬化の進展を抑える作用があることが分かってきています。

コレステロールが高くない人でもお薬を飲むと心筋梗塞で亡くなる割合を低くできることが分かってきて、アメリカの医師仲間では「(このスタチン系薬剤を)健康飲料に入れればアメリカ人はもっと長生きできるのに」というジョークが流行ったくらいです。

もちろん、民族による差がありますから日本人がアメリカ人と全く同じだというつもりはありません。

確かに日本人(アジア人)は白人に比べると心筋梗塞の割合が少ないのは事実です。でも心筋梗塞が全く起きないわけではないのです。

少なくとも日本人がコレステロ−ルの多い食事を今後もとり過ぎればアメリカ国内のアジア系米国人のレベルまでは多くなる可能性があります。

「日本人だけは心筋梗塞が少ないのだからコレステロールは高くても全く問題ない」というのは科学を無視した暴論です。

少なくとも日本人によるきちんとした大規模臨床試験が行われて正確な科学的根拠が明らかになるまでは、証明しようのないことですから、それまでは世界の常識に従った方がよいでしょう。

「女性はコレステロ−ルが高くてもよい」という説は、一つは今までの海外の大規模臨床試験では対象が男性が多く女性のデ−タが少なかったこと、女性の方が男性より心筋梗塞死亡の割合が少ないこと、などが根拠になっています。

しかし、最近では女性を含んだ大規模臨床試験も多くなってきましたし、女性でもコレステロールが高ければ心筋梗塞の割合は増えます。

ただ、女性の場合は更年期までは女性ホルモンの働きでコレステロールが高くならずに抑えられていて、更年期を過ぎてからコレステロールが高くなってくる方が多いという点が特異的です。

男性が30代からコレステロールが高くなり、40代や50代で心筋梗塞を起こすとすれば、女性は50代から高くなり60代、70代で心筋梗塞を起こすということかも知れません。

女性だからコレステロールを下げる必要がないというのも科学的根拠のない暴論です。